米国カリフォルニア州の歯学部に入学した。 それまで全く畑違いの音楽からの歯学部だった。
卒業して何年経ても夢で歯学部時代の試験にうなされるくらいに勉強は大変だったが、それでも興味津々の学びであった。
今でも解剖学で献体の頭からつま先まで解剖をした人体の不思議への感動は忘れない。
歯学部の2年生の夏からいよいよ実際の患者への治療実技が始まる。
治療経験のない学生のところに来る患者などいるのだろうか(?)と心配になったが、実際は歯学部に多くの患者が来る。
患者もよく知ったもので、米国の歯学部で治療を受けるのは安くて安全なのだ。
患者は学生の実地訓練の試験台になるのだから治療費が安いのは当然だが、安全とは・・・?
学生が患者治療を行う場合、治療前から治療終了までの間にクリニック・インストラクター(主に教授や経験豊かな歯科医など)による何段階ものチェックが入る。
簡単な虫歯治療でも治療終了までに4~5回のチェックを受けなければならない。
万が一にも学生が少しでも間違えると、インストラクターが即座に修正する。 そもそも間違える前にチェックが入るのでかなり理想的な治療が行われ、しかも安全に治療を受けることができるのだ。
ちなみに在籍した歯学部では卒業までに相当数の患者を受け持ち、しかも卒業までに義歯は◯◯症例数以上、金冠は◯◯症例以上というように色々な治療法を一定数以上終了しないと卒業できないので、卒業時にはかなりの治療数を経験していることになる。
また夏休みなどは医療奉仕活動に参加できる。 私の場合は約3週間メキシコに行った。
学校での治療や医療奉仕活動などを加えると卒業するまでに100人を超える患者の治療を経験した。 これは日本の歯学部と大きく違うところだろう。
話を戻すが・・・・
治療実技でインストラクターは学生が行っている治療の確認だけではなく、治療を実演して見せてくれることもある。
当然インストラクターはかなり理想的な治療を学生に見せてくれる。
こう書くと何となく素晴らしく聞こえるが、各段階でのインストラクターのチェックはかなり厳しく行われる。
そこで学生は少しでも優しそうなインストラクターを求めてクリニック中をハイエナのようにうろつく。 学生がなるべく安易な方に流れるのは常だ。
厳しいインストラクターにあたると、治療の最初からのやり直しを命じられることもある。 そうなるとさすがの患者も心配そうにこちらを見るし、こちらも緊張して手が震えそうになるのを必死に抑えることになる。
そのような訓練を受けて卒業するので、いよいよ独立して自分一人の判断で治療を行うようになっても大丈夫だと思っていたが、当然だがインストラクターは居ない。
最初の頃はチェックする人が居ないので”この治療計画でいいのだろうか?” ”この治療法で正解だろうか?” と不安になった。
そのように迷っている時になって初めて実は厳しい指導の方がとても役立っていたことに気づいた。
特に難しいケースに直面した時に、厳しい指導の中で教えられたことから治療方法、治療の目標をどこに置くべきかなどを見定めることができた。
卒業して数十年経った今でもあの厳しい指導が常に頭の片隅にある。
歯を削り、調整するためには1/10ミリ、いや1/50ミリ以下の精度が求められる。
そのわずかな誤差で食事や日常生活に支障をきたすことすらある。
”厳しい指導”はその少しのことも疎かにしない歯科医師を育てたいというインストラクターの熱意だったのだろう。
厳しいインストラクターが私の歯科医師としての骨組みを作ってくれた。
私はその骨組みにどれほどの肉付けをすることができたのだろうか?
多分、骨組みに少しは肉付けが出来たのかもしれないが自分ではわからない。
果たしてバランスよく、そして少しはスマートに肉付けできているだろうか?