今は殆どの歯医者が治療用グローブを使っています。でも私がアメリカで歯科大にいた頃は、まだ歯医者はグローブを使わず、素手で治療していました。口腔外科や歯周外科の手術のときだけグローブを使っていました。
1983年に日本に帰って来て、翌年の日本の国家試験に合格し、84年から働き始めましたが、日本でも当時は殆どの歯医者は素手で治療していましたね。
一日に何十回も手を洗って(治療台から離れるたびに洗いましたから)いたので、冬などは手が荒れて大変でした。
その頃からアメリカでは歯医者が治療にグローブを使うようになりました。なぜでしょうか?
エイズと言う病気がどんどん広まりはじめたからです。私がカリフォルニアで歯科大に在学していた1981年に、サンフランシスコやロサンゼルスのあるコミュニティー(同性愛者ですね)の人たちに奇妙な病気がはやり始め、Aidsと言う病名がつけられました。(acquired immunodeficiency syndrome)
あっと言う間にゲイ以外のひとたちにも広まりはじめました。初めのうちは治療法がなく、潜伏期間は長いけれど、発症するとほぼ100パーセント死に至る病でした。
幸い日本ではいまだにエイズに感染、発症した人はそう多くありませんが、アフリカの一部の国では3人に一人くらいいるそうです。アメリカだもそこまでは行きませんが、当時はどんどん感染者が増加していった時代でした。
エイズから自分の身を守るために歯科医たちはグローブを付け、ゴーグルをかけ、重装備で治療にあたるようになったのです。ボクシングの試合のときにレフェリーがゴムのグローブをつけるのと同じ理由です。
でも、そういうことは既に忘れ去られ、患者さんのために清潔さを保つためにしていると、今では思われているでしょうね。グローブをしていたって、よく洗わなければいけないし、席を立って、何かに触ってから手を洗わなかったら清潔ではないですよね。
実は口の中は元々バイキンだらけですから、外科の手術時の時ほどは清潔域、不潔域の区別にあまり意味はありません。もちろん清潔な手で治療しなければいけませんが、手袋をせずとも良く洗った手なら全く問題なく、穴の開いた手袋をするよりはずっといい。だから昔はグローブは使いませんでした。
アメリカで治療用グローブを皆使うようになってから、日本でもグローブを使うようになって来ました。多分その理由をよく考えていた人は少なかったんではないかな?今は当たり前のようにグローブをしますので、誰も何の疑問も持ちません。
私がグローブを使い始めた理由は、私の手がオキアミ・アレルギーになってしまったからです。ゴルフをやらなくなってから。釣りが好きになり、毎月千葉の海に船釣りに行っていました。その餌にオキアミと言うエビのような形のプランクトンを使います。
ある一時期から、釣りから帰ると手の皮がボロボロむけるようになりました。一週間ほどかけて一皮むけるときれいになります。その間は手の表面がみじめな状態で、この手で人様の口の中を治療するのはあまりに申し訳なく、グローブを使いはじめたのです。
ずっと素手で仕事して来ましたから、正直今でも苦手です。手指の微妙な感覚がなくなるからです。また、細いファイルと言う器具を使う歯内療法(根管治療)では、ファイルにゴムがからまって、使いづらいことこの上なしです。
今は釣りの代わりに月一ゴルファーです。ほとんどのゴルファーは左手にグローブを付けます。私にとっては手の皮が一番フィットするグローブなので素手でグリップを握ります。友達は不思議がりますが、皮一枚挟まるだけで感覚が鈍るように感じてだめなんですね。
今は釣りに殆ど行かなくなって、手はきれいですが、今の時代に素手で治療したら、患者さんはきっといやな思いをするでしょう。ま、私も昔のように一日何十回も素手を洗うことがなくなって、手は荒れないのでいいのですが。
思い込みと言うものは面白い(?)ですね。自分のために始めたことが、いつの間にか患者さんの為にしているように思われています。それもまた良い事なのかな?