深沢七郎さんと言う小説家がいました。私が高校生の時に東武線曳舟駅前で(今はスカイツリーラインと言うんですかね)たい焼き屋を開きました。夢屋と言いました。今スカイツリーがある押上の隣です。
高校通学の降車駅でしたから、同級生はみんなそこで鯛焼き買ったことあるんじゃないかなぁ。おいしい餡子がしっぽまでたっぷり入っていて(しっぽにあんこ入れるのは邪道だ!と言うやつもいましたが)うまかったです。
ときどき店の奥に深沢さんがいるのを見ました。実は私はそれまで深沢さんの事知らなくて、同級生が有名な小説家だということを教えてくれてそれで知ったんです。フラメンコギターの名手としても有名だったそうです。
楢山節考とか笛吹川とか読みました。だいぶあとで、確か私が歯医者になったころでしょうか、楢山節考が緒方拳主演で映画化されました。(3度目の映画化だそうです)
その映画の為に女優の坂本スミ子さんは、今村昌平監督から「歯を抜いて来て下さい」と言われたそうです。
姥捨山が題材なのですが、老人が歯を失い、食事をとれず弱ってくると姥捨山に連れて行かれます。でも坂本さん扮する女性は歯が丈夫でいつまでもしっかりしています。彼女は自分が姥捨山へ行き、口減らしをしなければ家族が食べるものを欠いて困ることを気にかけ、石で自分の前歯を打ち、歯を抜いたのです。そして息子に自分を山に連れて行くように頼みます。
そのシーンの為に坂本スミ子さんは前歯を抜いたのです。私はそれを(テレビの座談会で見たのですが)聞いて、「なんてことしてくれるんだ!」と思いました。
自分の身体の一部である親からもらった(神様がくれたのかもしれません)歯を、どこも悪くない歯を抜いてしまうなんて歯医者としては許せない事です。
どんなにお金をかけても本物の歯に勝るものはないのですから。でも芸術家にとってはそれをしてでもすばらしい作品を生み出す事が優先されるのでしょうか?ここは価値観の問題ですが、それにしても・・・。確かに命には関わらないかもしれませんが・・・。
私はこの映画は見ていません。とても高い評価を勝ち取り、いくつもの賞もとったと記憶していますが、あの深沢さんの淡々とした語り口で人生の悲劇を日々のことのように綴った小説を演じるのは名優といえども難しいのではないかな、と思ったからです。
なんて言ったらいいのか・・・、演技をした時点で、演ずる事によって・・・、深沢さんの本の良さがひとつ消されてしまうような気がしたのです。
母親を置いて帰り道、雪が降りはじめます。一度置いてきた者の所へ戻るのはご法度なのですが、息子は戻ります。母親は来るな!と手を振ります。それに向かって「おっかぁ、よかったなぁ」と声をかけます。(飢えてカラスにつつかれながら死んで行くのではなく、寒さで凍えて早く死ねるからです。)・・・こんなラストシーンだったような気がします。淡々と語られます。